FtM/MtFという表記

これまで、「出生時に割り当てられた性別」と「ジェンダーアイデンティティ」という二つの言葉を紹介し、それぞれが性別に関するある種のリアリティを教えてくれることも分かりました。重要なのは、他者から割り当てられた性別と、自身のジェンダーアイデンティティが一致しない人がいる、つまりトランスジェンダーの人が現実に生きているという事実です。

とはいえ、トランスジェンダーにもさまざまな人がいます。例えばトランス男性(トランスジェンダーの男性)とは、生まれたときに女性を割り当てられたけれども、ジェンダーアイデンティティが男性である人のことを指します。同じようにトランス女性(トランスジェンダーの女性)とは、生まれたときに男性を割り当てられたけれども、ジェンダーアイデンティティが女性である人のことを指します。

かつて、このようなトランス男性やトランス女性は、それぞれFtMやMtFと呼ばれることが多くありました。現在でも、当事者がそうした名称を名乗っていることがあります。しかしこれらの名称は、医学的な性別移行に重点を置いた Female to Male(略してFtM)、Male to Female(略してMtF)という表現法に由来するため、当事者のジェンダーアイデンティティをより尊重した表現へ、つまりFtMではなくトランス男性(transman)、MtFではなくトランス女性(trans woman)へ、という表現の置き換えが好まれるようになっています。

実際に、例えばトランス男性を「女性から男性になった人」と単に理解してしまうと、その人が幼少期から男性としてのアイデンティティを持っていた場合に、そのアイデンテイティを否定・抹消する結果になります。幼いころから自分を男性だと主張してきた子どもを「FtM」と呼ぶのは、本人にとって明らかに侮辱的な行為です。

なお、この章ではすでにシスジェンダーという言葉を紹介しました。出生時に割り当てられた性別と、ジェンダーアイデンティティが合致している人のことです。そうしたシスジェンダーの男女を指すときには、それぞれ「シス女性」や「シス男性」と締めて書くことがあります。読者の皆さんのなかには、「シス」という新しい呼び名が自分に与えられることに戸惑う人もいるかもしれません。しかしトランスの人が現実に生きている以上、トランスではない人を指す言葉が必要なのです。